”世界品質”のディスク生産基地 MCIシンガポール工場を訪ねる 最先端を行く片面2層技術の製造ライン レポート/山之内 正
三菱化学メディアは同社のメディア製品を世界的に拡大するため、1995年、シンガポールに初の海外製造拠点となる三菱化学インフォニクス社(Mitsubishi Chemical Infonics)を設立した。三菱化学メディアとVerbatimの2つのブランドにより全世界でメディア製品を展開する同社の、最先端を行く片面2層ディスクの製造技術と、品質にこだわり抜くものづくりの現場を山之内正氏がレポートする。(文:Phile-web編集部)
”世界品質”のものづくりにこだわる基幹工場
2層ディスクや次世代フォーマットなどメディアメーカーに課せられる開発課題は増える一方だ。三菱化学メディアは独自の開発体制を活用し、それらの課題を克服してきた。具体的には、日本国内の開発拠点で最先端技術の研究を進めて製品レベルにまで追い込み、その技術を海外の複数の拠点工場で熟成させ、安定した大量生産体制を確立していくというグローバル戦略だ。岡山県の水島工場がBDを中心とする開発基地として機能していることは、以前この連載で紹介した通りだし、その他にも同社は筑波など重要な開発拠点を国内に有している。海外の生産拠点のなかで2層ディスクなどDVDの生産を担う基幹工場が、今回訪れたシンガポール工場である。

シンガポールは東南アジア地域有数の工業国であり、特に近年は電子工業系や医薬工業系など、高度な専門技術を要する分野の進出が著しい。その背景には企業誘致やインフラ整備に積極的なシンガポール政府の姿勢や、IT化が進んだ物流システム、教育水準が高く勤勉な国民性などいくつかの要因があり、そうした環境面でのメリットを評価して日本企業も数多く進出している。国土は淡路島とほぼ同じぐらいの面積で決して広くはないが、市内中心部から車で30分ほど離れたジュロン工業地帯は、いまも拡大を続けるシンガポールの先端工業地域の中心である。
三菱化学インフォニクス社 社長 橋本高志氏
三菱化学インフォニクス社 社長 橋本高志氏三菱化学メディアのCTO(Chief Technology Officer)を務めたのち、2006年より三菱化学インフォニクス社(MCI)社長に就任
三菱化学インフォニクス社 光ディスク部門 部長 信原一朗氏
三菱化学インフォニクス社 光ディスク部門 部長 信原一朗氏世界各国に三菱化学メディアが構える光ディスク生産工場の管理業務を務め、2003年からMCIシンガポール工場の光ディスク部門長として活躍する
そのジュロンの中心部に位置する三菱化学のシンガポール工場は1995年に設立され、CD-Rの生産からスタート。その後主要な建屋を3棟に増やすととともに、ハードディスクやレーザープリンターの基本部品など生産品目を増やしてきた。現在はDVD-Rをはじめとする色素系メディア、およびレーザープリンタの基本部品の重要な生産拠点になっている。話題の色素系BD-Rもシンガポールが生産拠点となる。

DVDメディアの生産能力は月産300万枚。単純にこの数字だけで判断するとさらに大規模な工場が他に存在するが、生産に高度なノウハウを必要とする2層メディアの生産枚数に関しては、他を圧倒する生産能力を誇っている。従業員は大半がシンガポールで現地採用されるが、平均年齢は33歳とかなり若く、工場は活気に満ちていた。個人のスキルやアイデアを尊重する社風が日本同様に浸透しており、品質へのこだわりの強さも日本とまったく変わらないという印象を受けた。
MCIの工場はシンガポールの市街地から車で約30分の“ジュロン工業地帯”にある。
MCIの工場はシンガポールの市街地から車で約30分の“ジュロン工業地帯”にある。 (写真はクリックで拡大します)
工場では三菱化学メディアのディスクと、同社が海外向けに展開するVerbatimブランドのディスク製品が製造されている。
工場では三菱化学メディアのディスクと、同社が海外向けに展開するVerbatimブランドのディスク製品が製造されている。
厳しい品質管理基準を採り入れた2層DVD-R生産ライン
すでに紹介したようにDVDの色素系メディアと2層メディアはすべてシンガポール工場で生産がはじまったため、実際の生産プロセスで初めて顕在化する様々な技術やコントロールのノウハウはシンガポールで生まれたものが少なくない。もちろん基本的なシステムは日本で開発されたものだが、実際の工程におけるきめ細かいコントロールはシンガポールで追い込むことが多いのだという。

DVD-Rの2層ディスクの生産工程自体は、保護層の形成などBD-R特有の工程を除けば基本的には水島工場で見学したBD-Rの2層ディスクとよく似ている。

最初に成形機で表面に微細なトラッキング用溝を有する基板を成形し、スピンコーティングによって1層目の色素層を形成させることからスタート。1層目を形成させる工程では色素層の厚みを微妙にコントロールすることがポイントで、回転数や時間などの制御によるナノメートル単位での管理が要求される。色素の開発自体は日本で行われるが、膜厚の微妙なコントロールなどはシンガポール工場で最終的に追い込むのだという。
製造ライン
厳密にクリーン度・温度等を管理した製造ライン。基板を製造した後、そこに色素、半透明反射層、および中間層を塗布していく。 (写真はクリックで拡大します)
色素層の厚みをナノメートル単位でコントロールしながら、1層目の色素を塗布していく。
色素層の厚みをナノメートル単位でコントロールしながら、1層目の色素を塗布していく。
成形した基板段階はもちろん、記録層の形成後にも乾燥や洗浄の工程が含まれるが、それぞれの段階でディスク全数を対象に厳密な検査が行われることが三菱化学メディアの生産ラインの大きな特長である。各段階の検査は自社で定めた厳しい基準で行われており、最終的な品質に反映される。検査内容は様々な項目を含んでおり、ここで詳細を公開できないものも少なくないが、内外周の均一性と膜厚の測定、微細な欠陥の有無など、基本的な検査項目については盤面の状態がマシンに設置されたディスプレイに詳細なデータとともに表示され、オンラインで厳密に管理されている。
1層目に色素等をスパッタリング塗布した基板
1層目に色素等をスパッタリング塗布した基板。周囲に付着した余分な成分を取り除く工程を採り入れている。 (写真はクリックで拡大します)
ディスクを乾燥させる
ディスクを乾燥させる。その後、ディスクは半透明反射層の薄膜形成を終えて、2層目のスピンコーティングへ。
独自の装置を導入した細やかな検査工程
独自の装置を導入した細やかな検査工程を導入。工場内の各ラインを一貫してつなぐ検査システムを採り入れることで、製造ラインのトラブルを漏らさずにチェックすることができる。
光ディスク部門長、信原氏の説明を受ける山之内氏
光ディスク部門長、信原氏の説明を受ける山之内氏。
1層目と2層目を隔てる中間層(紫外線硬化樹脂)をスピンコーティングで形成し、その表面に微細なトラッキング用の溝を形成する。その上に半透明反射層の薄膜形成を経て2層目の色素層をスピンコーティングで塗布する工程が続く。この工程では耐久性を高めるための保護コート層の形成も含まれるが、この処理はメーカーによっては省略する場合もあるという。このプロセスでは透過率を測定して品質管理を行っているが、ここでもすべてのディスクが対象になる。

BDの場合も同様だが、記録層や保護層を形成する際、微細なホコリなど欠陥源が付着することは絶対に避けなければならない。外部からのホコリの混入はもちろんだが、色素を塗布する際の細かい飛沫の付着など、生産装置内部での欠陥源の発生に対しても十分な配慮が必要である。そのためのノウハウは実際に稼働している現場でなければ追い込むことが難しいので、特に新しいラインを立ち上げた当初、現場ではまさに微細な欠陥源との戦いが続くのだという。

回転数や塗布時間を厳密に制御するのはもちろんのことだが、静電気対策や洗浄を繰り返すなど、随所に念入りな工夫が組み込まれているのは、そうした経験に基づいてのことだ。仮に同じサイズのホコリが付着したとしても、1層ディスクと2層ディスクではレンズの焦点距離の関係で見かけ上のサイズが変化するため、2層ディスクの方がより厳密なホコリ対策が必要になるのである。
2層目の色素を塗布していく
2層目の色素を塗布していく。(写真はクリックで拡大します)
2層目の反射層もスパッタリングにより形成される。その上に保護コート(紫外線硬化樹脂層)を形成する
2層目の反射層もスパッタリングにより形成される。その上に保護コート(紫外線硬化樹脂層)を形成する。
反射層と保護層の形成後、0.6mm厚のダミーディスクと貼り合わせて最終的に1.2mm厚のディスクを作る工程に進む。この貼り合わせ工程はDVDメディアの安定性を左右する重要な処理であり、僅かでも反りが発生するようなことがあってはならない。そのために記録層を形成したディスクとダミーディスクは環境を同じ条件に揃えたうえで貼り合わせられる。この作業は理屈の上では理解できるが、ダミーディスクまでまったく同一の環境にさらす工程を実際に目にしたのは初めてのことだ。このプロセスには多くのノウハウが凝縮されており、ディスクの経年変化など品質にも大きく影響を及ぼすことが予想される。もちろん高温・高湿度環境での耐久性試験も独自の厳しい基準をクリアしなければならない。

ディスク製造の工程はレーベルを印刷するプリンティングで完了するが、三菱化学メディアは2層ディスクにおいて、トラッキングエラーとフォーカシングエラーを全数チェックするという工程を組み込んでいる。そこまでやるのかと思ってしまうが、そのこだわりが三菱化学メディアの品質の高さの裏付けといっていいだろう。
ディスクのレーベル面をプリントする装置
ディスクのレーベル面をプリントする装置。一瞬で三菱化学メディアのブランドロゴなどが印字されていく。(写真はクリックで拡大します)
プリンタブルディスクのレーベルプリントも隣接するラインで行われている
プリンタブルディスクのレーベルプリントも隣接するラインで行われている。
様々な試験装置を使って入念なテストを行う
レーベル面プリントが終わったディスクには、市販の記録ドライブによる記録再生チェックが行われる。ここでも専任のスタッフが様々な試験装置を使って入念なテストを行う。
トラッキングエラーとフォーカシングエラーは専用の装置により全数チェックを行っている
トラッキングエラーとフォーカシングエラーは専用の装置により全数チェックを行っている。
ディスクの耐久性をテストする加速試験装置
こちらはディスクの耐久性をテストする加速試験装置。80度・80 %という高温多湿な環境下でテストが行われる。
パッケージングを行うスタッフ
記録面のキズなどを目視しながら、完成したディスクのパッケージングを行うスタッフ。
最終工程に限らず、生産工程の随所に設けられた品質管理の厳しさは、私の予想を大きく上回るものであった。シンガポール工場のディスク部門を統括する信原氏は信頼性の確保について、「初期性能だけでなく長期の耐久性が重要です。三菱化学メディアの社内基準に従って80度の高温、80%の多湿環境での試験をはじめ、全数検査を念入りに組み込んで品質を管理しています。このこだわりを私は『Made by Mitsubishi』と呼びたいですね」と誇らしげに語ってくれた。
ライン上のトラブル等が発生した場合は即座に対応できるよう整えられている
別室には工場の各生産ラインの稼働状況をモニターできる環境も導入されており、ライン上のトラブル等が発生した場合は即座に対応できるよう整えられている。(写真はクリックで拡大します)
連携の取れた生産環境が築かれている。
スタッフは複数のチームごとに分かれ、交代制で勤務。連携の取れた生産環境が築かれている。
世界ブランドの製品を手がける三菱化学メディアの自身と誇り
シンガポール工場のゲートの先には日本の水島工場と同じクリーンで整然とした空間が広がっていた。その光景に既視感を見出したのは、BD-Rの生産ラインが稼働中の水島工場の光景を思い出したからに他ならない。屋外の環境や風土は違っていても、建物のなかに一歩足を踏み入れれば両者の環境は驚くほど似通っているのだ。

共通点を感じたのはもちろん外見だけではない。ナノオーダーの精度が要求される生産現場特有の整然とした雰囲気、各工程ごとに垣間見ることができるクオリティへのこだわり、そして生産に携わる熟練スタッフが見せる堅実な仕事ぶりなど、数字に表せない部分にも多くの共通点を実感した。

国籍は異なっていても、三菱化学メディアという世界ブランドの製品を手がけていることの自信と誇りに違いはない。それが私たちにとって安心して使えるディスクの信頼感につながるのである。
レポート/山之内 正
レポート
山之内 正 Tadashi Yamanouchi
神奈川県横浜市出身。東京都立大学理学部卒。在学時は原子物理学を専攻する。出版社勤務を経て、音楽の勉強のためドイツで1年間過ごす。帰国後より、デジタルAVやホームシアター分野の専門誌を中心に執筆。近著に『図解インタ−ネットで変わる音楽産業』(アスキー刊/2000年)がある。大学在学中よりコントラバス演奏を始め、東京フィルハーモニー交響楽団の吉川英幸氏に師事。現在も市民オーケストラ「八雲オーケストラ」に所属し、定期演奏会も開催する。また年に数回、オペラ鑑賞のためドイツ、オーストリアへ渡航。音楽之友社刊の『グランドオペラ』にも執筆するなど、趣味の枠を越えてクラシック音楽の知識も深く、その視点はオーディオ機器の評論にも反映されている。
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