デジタルハイビジョン時代のニーズに応える片面2層技術 三菱化学メディアのエンジニアに聞く レポート/山之内正
三菱化学メディアは2004年、世界で初めて2.4倍速対応の片面2層DVD+Rの商品化を実現した。その技術を踏襲し、改良を重ねて、片面2層HD DVD-Rの商品化をいち早く実現させたブランドでもある。今回は三菱化学メディアの片面2層光ディスク開発に携わるエンジニア各氏を評論家の山之内正氏が訪ね、同社の片面2層技術が誕生した背景を明らかにする。 (文:Phile-web編集部)
「世界初の大容量DVD」を求め記憶メディアとドライブのリーディングメーカーが手を組んだ
記録容量を一気に2倍近くまで高める2層ディスクの登場は、記録メディアの歴史に残る画期的な技術革新であった。その2層DVDを2004年5月、最初に実用化したのが三菱化学メディアである。

三菱化学メディアが2層DVDの開発に着手したのは、2002年、光ディスクドライブのリーディングメーカーであるフィリップスが2層メディアの共同開発を同社に打診してきたことがきっかけだった。ドライブメーカーとして新市場の開拓を模索していたフィリップスが共同開発のパートナーとして同社を選んだ理由について、三菱化学メディアの水野氏はこう振り返る。「当時から弊社には特に色素合成及び色素メディア開発において高い技術力を持っていましたし、ビジネス的にもシェア世界ナンバーワンという実績もあったことが評価されたのではないでしょうか。メディアがなければ新技術は先に進みません。その提案を受けた2層DVD±Rの開発に取り組み始めたのです」。
三菱化学メディア(株)次世代商品戦略センター 2部 部長 水野正明氏
三菱化学メディア(株)次世代商品戦略センター 2部 部長 水野正明氏
2層DVD開発のセクションリーダーとしてフォーマットの立ち上げに関わる。現在は有機色素BD-R開発のプロジェクトリーダーとしても活躍する。
三菱化学メディア(株)次世代商品戦略センター 2部  風呂本滋行氏
三菱化学メディア(株)次世代商品戦略センター 2部  風呂本滋行氏入社の頃より同社の2層DVDの開発に携わるスペシャリスト。
当時のDVD市場は各社が記録速度の向上を競っていたが、実際の市場ニーズはむしろ大容量化を指向していた。当時DVDレコーダーを手がけていたメーカーは、長時間記録と画質改善を両立させるブレークスルーとして、DVD-ROMの世界ですでに実用化されていた2層ディスクを記録型ディスクにおいても実現することを熱望していたのである。そうして2002年にフィリップスと三菱化学メディアの共同プロジェクトがスタートしたが、そこには予想以上の困難が待ち受けていたという。
高精度な片面2層DVDを実現した「2P法」とは?
2層DVDにおいては、ディスクの片面に形成された2つの記録層をピックアップが正確に認識し、いかに高精度で安定した記録・再生を行うことができるかが課題になる。2つの層の間の間隔や各層の反射率のコントロールなどが重要なカギを握ることは想像できるが、ディスクを作るうえでは具体的にどんな課題があるのだろうか。

2つの記録層を形成する方法は大きく2種類あり、どちらを選ぶかをまず最初に決めなければならない。その2つの方法のうち、片方はコスト面で有利だが性能に課題があり、もう一方はそれとは逆に精度の高い記録ができるが製造は難しいのだという。前者は「逆積層法」、後者は「2P法」と呼ばれるが、その違いを風呂本氏に尋ねてみた。

「1番目の記録層の上に半透明反射膜、中間層を順に形成させ、透明スタンパーを使って2層目の溝を作り、その後スタンパーを剥がしてから記録層、反射膜を形成させるのが2P法です。もう一方の逆積層法は、溝を切ったダミー基板に反射膜、記録層という順番で2番目の層を形成させ、逆向きにして1番目の層と貼り合わせるというやり方です。スタンパーの剥離工程がなく、2P法に比べると容易に製造できることが特徴です」。
「逆積層法」の製造プロセス
「逆積層法」の製造プロセス
「逆積層法」による片面2層DVDディスクの製造プロセス。スタンパーの剥離工程がないため、コスト面も含めて比較的容易に2層記録のディスクを製造することができるが、反面記録性能に課題が「2P法」に比べて低くなる。(図はクリックで拡大します)
「2P法」の製造プロセス
「2P法」の製造プロセス
「2P法」による片面2層DVDの製造プロセスでは、途中、中間層に溝を掲載する工程でエラーの発生源となるゴミが発生しやすくなるという課題が残されていたが、三菱化学メディアでは独自の高度な製造プロセスを確立し、記録精度の高いディスクを完成させた。(図はクリックで拡大します)
2製法の違いの詳細は図に紹介した通りだが、一番の大きな差異は、2番目の層(L1層)において実際にマークが記録される記録層(色素層)の厚さに、構造上の差によって2つの製法で大きな違いが出ることである。2P法が記録精度を確保しやすいのは、実際にマークを形成させる部分が溝の中に深く形成されており、記録マークが隣のトラックにはみ出しにくいためだという。その点を重視し、三菱化学メディアは2層DVDを2P法で製造することを決断した。

ところが、実際の製造工程には多くの困難が待ち受けていた。2P法では中間層にスタンパーで溝を形成させる工程が含まれるが、そのスタンパーを剥がす際にゴミが発生しやすく、そのゴミによる欠陥を減らすのが難しいのだという。
「逆積層法」(図版左側)ではLand部に記録を行うため、記録マークが隣接トラックまではみ出し、パワーマージンも低くなるという課題がある。一方の「2P法」では記録マークがGroove部内に収まるため、精度の高い記録が可能になる。
「逆積層法」(図版左側)ではLand部に記録を行うため、記録マークが隣接トラックまではみ出し、パワーマージンも低くなるという課題がある。一方の「2P法」では記録マークがGroove部内に収まるため、精度の高い記録が可能になる。 (写真はクリックで拡大します)
風呂本氏は当時の苦労をこう振り返る。「製造上の歩留まりを上げることは、とにかくゴミとの戦いでした。2層ディスクはどうしても単層に比べて倍ほど工程がかかるので、単純に歩留まりは悪化してしまいます。しかも、特に剥離工程ではいままで単層では全く想像もできなかったようなトラブルがいろいろありました。そこで、時間をかけて原因を考えていき、ゴミを少なくするためにはどうしたらいいかということを考えて、解決していきました。立ち上げ時に初めて一貫してラインが流れ切ったとき、いまでも覚えていますが、1000枚流したんですけれども2枚しかOK品が出ませんでした。それが1カ月か2カ月で10が20になり、ようやく半分ぐらいになるまで半年かかりました。いまやもう本当に高い歩留まりで製造ができていますが、当時からすると信じられないですね」。

もう一つの課題は、1層目と2層目の間に存在する中間層や半透明反射膜の厚さコントロールの難しさである。厚さの微妙な変化によって読み取れないドライブが出てくるケースもあるし、反射率の違いもクリティカルな問題だ。そうした課題を解決するためには、実際に中間層や反射膜の厚さが異なるディスクを何枚も試作して、ドライブメーカーとの間で検証を重ねていく必要があったという。しかし、技術を牽引するメーカーならではの優位な点もあった。水野氏はこう語る。

「そもそも2層DVDはこれまで世の中になくて、ドライブも存在しなかったわけです。私たちはメディアにおいてトップを走っていたので、フィリップス以外のドライブメーカーもすべて私たちのメディアを使ってドライブを開発していました。その意味でも互換性が高いということはありますね」。

こうして2層DVDが完成したのは2004年5月のこと。プロジェクトのスタートからすでに2年の月日が流れていた。
その2層化技術は次世代大容量ディスクの開発へ継承されている
一方で、DVDから継続して培ってきたノウハウの蓄積が、次世代大容量ディスクの開発にも大いに活かされていることを見逃すわけにはいかない。三菱化学メディアはDVD、BD、HD DVDをすべて手がけ、2層ディスクの開発も牽引してきた。単層に比べて克服すべき課題が多いことをプラスに転じ、他社に先行する技術を獲得した意味は大きい。

さて、三菱化学メディアはシンガポールに自社工場を有しており、そこには2層DVDの開発と生産の拠点が存在する。以前紹介したBDの開発拠点は岡山県の水島に存在するが、地理的には離れていても、両拠点の間には開発段階から生産現場に至るまで、緊密な連絡が行われているという。実際に、今回インタビューした2層DVDの開発陣も高い頻度でシンガポール工場に出向き、生産工程の工程管理、品質管理を含む量産技術の進化と洗練を担ってきた。

この緻密な生産体制を持っていることと、世界市場でトップシェアを維持してきた量産体制を確立していることが、三菱化学メディアというブランドの大きな強みといえるだろう。自社ブランドに強い誇りを持つ技術者の存在とともに、数回の取材を通してその点に筆者は強い印象を受けた。
三菱化学メディアのディスク
国産の他社製2層DVD-Rディスクによる測定データ
2層DVD-RディスクのL1記録層における記録特性を比較したデータ。各社の記録ドライブでのエラーレートを計測したところ、三菱化学メディアのディスク(左グラフ)では、データ記録に影響を及ぼす一定のレート(グラフ内赤線)を超える値のエラーは発生せず、優れた記録特性が証明されている。右グラフは国産の他社製2層DVD-Rディスクによる測定データ。(写真はクリックで拡大します)
2層ディスクの開発と生産には想像以上に広範囲の技術とノウハウが盛り込まれていることが今回のインタビューからあらためて浮き彫りになった。ハイビジョン記録が主役になるこれからの時代、2層ディスクの重要性はますます高まることは間違いないが、そこで注目すべきは記録メディアの品質である。大切なコンテンツを安心して保存するためには、品質が重要なカギを握る。2層ディスク技術を牽引してきた三菱化学メディアのこだわりは、まさにそこにある。
山之内 正
レポート
山之内 正 Tadashi Yamanouchi
神奈川県横浜市出身。東京都立大学理学部卒。在学時は原子物理学を専攻する。出版社勤務を経て、音楽の勉強のためドイツで1年間過ごす。帰国後より、デジタルAVやホームシアター分野の専門誌を中心に執筆。近著に『図解インタ−ネットで変わる音楽産業』(アスキー刊/2000年)がある。大学在学中よりコントラバス演奏を始め、東京フィルハーモニー交響楽団の吉川英幸氏に師事。現在も市民オーケストラ「八雲オーケストラ」に所属し、定期演奏会も開催する。また年に数回、オペラ鑑賞のためドイツ、オーストリアへ渡航。音楽之友社刊の『グランドオペラ』にも執筆するなど、趣味の枠を越えてクラシック音楽の知識も深く、その視点はオーディオ機器の評論にも反映されている。
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